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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)1224号 判決

原告

高田誠治

右訴訟代理人

二宮忠

被告

貴美島英一

右訴訟代理人

轡田寛治

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一、請求の趣旨

(一)  被告は、原告に対し、金九五万円およびこれに対する昭和四五年六月一四日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

(一)  主文と同旨。

第二  請求の原因

一、訴外三鍋建設株式会社(以下三鍋建設という。)は、昭和四一年一〇月二四日、被告の注文により建物建築工事を請負い、次のとおりの契約を締結した。

(一)  工事名 貴美島マンション建築工事

(二)  工期 昭和四一年一一月二五日から昭和四二年四月二八日

(三)  引渡時期 昭和四二年四月二八日

(四)  請負代金 金三、〇六〇万円

(五)  代金支払方法 契約成立時金三〇〇万円、部分払金二、〇〇〇万円(昭和四一年一一月から昭和四二年二月まで出来高払い)、完成引渡時金六〇〇万円、引渡後一カ月以内金一六〇万円

二、原告は、三鍋建設の被告に対する右請負代金債権のうち、金四〇〇万円について、原告の三鍋建設に対する東京地方裁判所昭和四三年(ワ)第一四二五九号保証債務請求事件判決の執行力ある正本にもとづき、三鍋建設を債務者とし、被告を第三債務者として、債権差押ならびに転付命令(東京地方裁判所昭和四五年(ル)第二、〇〇五号事件)を得、右命令正本は、昭和四五年五月二八日右債務者に、同月二七日第三債務者である被告にそれぞれ送達された。

なお、右転付にかかる請負代金債権に関しては、訴外債権者高砂金属工業株式会社(以下高砂金属という。)が三鍋建設に対して有する金四二〇万円の不当利得返還および損害賠償債権を保全する目的で、三鍋建設が被告に対して有するとする請負工事代金債権金四二〇万円を仮差押するため、昭和四二年四月八日三鍋建設を債務者とし、被告を第三債務者として、債権仮差押命令(東京地方裁判所昭和四二年(ヨ)第三、八三五号事件)を得、右命令正本は、同月九日第三債務者である被告に送達された。

三、そこで、原告は、昭和四五年六月八日、東京地方裁判所に対し、被告を相手として、右転付命令により取得した請負代金債権金四〇〇万円とこれに対する昭和四五年六月一四日から支払ずみまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める訴(東京地方裁判所昭和四五年(ワ)第五六九八号事件)を提起したが、昭和四六年一二月八日、原告の請求を棄却する旨の判決がなされた。これに対し、原告は、東京高等裁判所に控訴(東京高等裁判所昭和四六年(ネ)第三三一四号事件)を提起したが、同裁判所は、昭和四七年六月二九日、第一審判決と同様、被告は原告に対し金九五万円の請負代金の支払債務があることを肯認しながらも、原告の本件転付命令は高砂金属のなした仮差押命令と競合する関係にあつて効力を生じないものであることを理由として、原告の控訴を棄却する旨の判決を言渡した。原告はさらに、右の控訴審の判決に対し上告を提起したが、昭和四七年九月一四日上告を取下げたため、右の判決はその頃確定した。

四、原告は、その後、三鍋建設に対する前第二項掲記の判決の執行力ある正本に基づき、三鍋建設の被告に対する前記請負代金債権のうち、金四〇〇万円について、三鍋建設を債務者とし、被告を第三債務者として、債権差押ならびに取立命令(東京地方裁判所昭和四八年(ル)第三四五七号事件)を得、右命令正本は、昭和四八年一〇月二七日右債務者に、同月二六日第三債務者である被告にそれぞれ送達された。

五、よつて、原告は、被告に対し、右取立命令により移付を受けた金四〇〇万円の請負代金債権のうち金九五万円の支払を求めるとともに、右請負代金債権は商行為によつて生じたものであるから、右金額に対する東京地方裁判所昭和四五年(ワ)第五六九八号事件の訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四五年六月一四日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三  請求原因に対する答弁

一、請求原因第一項記載の事実は不知。

二、同第二項記載の事実のうち、債権者を原告とし、三鍋建設を債務者、被告を第三債務者とする債権差押ならびに転付命令の正本が債務者に送達された日は不知であるが、その余の事実は認める。

三、同第三項記載の事実は認める。

四、同第四項記載の事実は認める。

五、同第五項記載の主張は争う。

第四  被告の抗弁

一、原告は、三鍋建設を債務者とし、被告を第三債務者とする債権差押ならびに転付命令により取得した三鍋建設の被告に対する請負代金債権の内金四〇〇万円について、請求原因第三項記載のごとき訴訟を提起したが、その主張の経緯を経て昭和四七年九月一四日原告の請求を棄却する旨の判決が確定した。

ところで、原告の本訴請求は、前記請求の趣旨のとおり、三鍋建設の被告に対する請負代金債権の内金九五万円の支払を求めるものであるところ、右訴訟物は、前訴における訴訟物と同一であるから、明らかに前訴の既判力に牴触する。よつて原告の本訴請求は棄却されるべきである。

二、被告は、原告が本訴において請求する被告の三鍋建設に対する貴美島マンション建築工事の請負代金債務金三、〇六〇万円については、昭和四二年四月四日までに全額支払ずみである。

三、原告の本訴提起のときは、すでに被告の三鍋建設に対する請負代金債務の最終履行期日とみるべき昭和四二年四月一〇日(建物完成引渡時)から三年を経過しているから、原告の本件請求債権は時効の完成によつて消滅した。よつて、被告は、本訴において右時効を援用する。

第五  被告の抗弁に対する認否・再抗弁

一、抗弁第一項記載の主張は争う。同第二項記載の事際は否認する。同第三項記載の事実は否認し、その主張は争う。

二、原告は、本訴において三鍋建設が被告に対する請負代金債権の内金九五万円を請求しているものであるところ、右請負代金債権については、請求原因第二項に記載のとおり、高砂金属が三鍋建設に対して有する債権を保全するため、昭和四二年四月八日、三鍋建設を債務者とし、被告を第三債務者として、債権仮差押命令を得、右命令正本は同月九日被告に送達されているから。本件の被差押債権は、高砂金属のなした仮差押の効力により消滅時効は中断されている。また本訴請求の債権については前訴の確定判決によりその理由中において存在することが確定されているから、いまだ消滅時効は完成していない。

第六、被告の再抗弁に対する認否

被告の再抗弁の主張は争う。

第七  証拠関係〈略〉

理由

一〈証拠〉によると、三鍋建設は、昭和四一年一〇月二四日被告との間に貴美島歯科ビルの建築工事請負契約を締結したが、その代金総額は金三、〇六〇万円、その支払方法は契約成立時金三〇〇万円、昭和四一年一一月から昭和四二年二月まで出来高払いとして金二、〇〇〇万円、完成引渡時金六〇〇万円、引渡後一カ月以内金一六〇万円とされ、工期については、着工が契約の日から五日以内、完工が右着工の日から一三五日めにあたる昭和四二年三月一五日とし、引渡時期については右完工の日からそれぞれ約定したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

また、原告がその主張の債務名義にもとづき、三鍋建設の被告に対する右請負代金債権のうち金四〇〇万円について債権差押ならびに取立命令を得、右命令正本が昭和四八年一〇月二七日右債務者に、同月二六日第三債務者である被告にそれぞれ送達されたことは当事者間に争いがない。

二そこで、被告の抗弁について順次検討する。

(一)  まず、被告は、原告の本訴請求は、原告と被告間の前訴判決の既判力に牴触する旨主張するので判断するに、原告主張の請求原因第三項記載の前訴の提起から確定に至る経緯についてはいずれも当事者間に争いない。

ところで、民事訴訟において解決すべき私法上の権利関係は、過去の固定的な事実にもとづく実体法上の権利または法律関係でなく、常に当事者の行為その他の事由によつて発生・変更・消滅する可能性を内包するものであるから、私的紛争の公権的解決に内在する紛争解決の一回性の理念の表われとしてのいわゆる既判力は、その基本となる口頭弁論終結当時における権利関係に関するかぎり、当事者もこれを紛争解決の最終的な基準とするとともに、他の裁判所もこれを尊重しこれに牴触する判断をなしえないという意味において後訴の裁判所を内容的に拘束するものというべきであるが、他方基本となる口頭弁論の終結時以後に生じた権利関係の発生・変更・消滅については、もはやかかる拘束力は及ばず、後訴の裁判所がこれと異なる判断をすることは禁止されないものと解すべきであるところ、前記当事者間の争いない事実によれば、原告の本訴請求は、前訴判決の確定後改めて申請して得た債権取立命令によつて移付を受けた三鍋建設の被告に対する請負代金債権の内金九五万円の支払を求めるものであり、また転付命令によつて取得しもしくは取立命令によつて移付を受けた債権を請求する訴の訴訟物は、転付・取立命令と被差押債権によつて特定されるものといいうるから、原告の本訴請求は前訴における原告の請求と別個の請求と認められ、したがつて、本訴において原告が前記債権取立命令によつて移付を受けた三鍋建設の被告に対する請負代金債権の内金九五万円を請求することは前訴確定判決の既判力に牴触するものと判断することができない。

(二)  次に、被告は、昭和四二年四月四日までに前記請負代金全額を支払つた旨主張するので判断する。

〈証拠〉を総合すると、被告は、三鍋建設に対し前記請負工事代金債務の内金として昭和四二年三月三一日までに契約成立時に支払つた金三〇〇万円をもふくめて約三、〇一〇万円近くを支払つたことが認められ、甲第五号証の六の一、二、同第七号証の一の記載もこの認定を左右するものとはなし難く、他にこの認定を覆えすに足りる証拠はない。もつとも成立に争いない甲第六号証の二の一七(領収証)によれば、被告は昭和四二年四月四日三鍋建設に対し前記請負工事代金の内金として金五〇万円を支払い同日三鍋建設がこれを領収した旨の記載があることが認められるが、他方成立に争いない甲第六号証(念書)によると、三鍋建設が被告から昭和四二年三月三〇日までに前記請負代金三、〇六〇万円全額を受領したことを確認する旨の記載があつて、互に矛盾するものであるから、かかる事実と弁論の全趣旨に鑑みると、前記甲第六号証の二の一七の領収証は後日関係者によつて作出されたものとの疑念を抱かせるものというべく、前掲甲第七号証の三、五の記載と被告本人尋問の結果によつてもいまだ、右疑念を払拭するものとは認められないから、前掲甲第六号証の二の一七の記載をそのまま採用し、被告主張の弁済の事実を証する資料とはなし難い。また、前掲甲第六号証の二の三、七、一三は、その他の領収証とその記載の体裁が異つていることが認められるが、前掲甲第七号証の一の記載によれば、これらを作成して被告に交付した三鍋建設の会計担当者がその他の領収証を作成した会計担当者と異つたことによるものとも窺われ、他にこれらの作成に疑念をさしはさむ証拠もないから、これらの領収証の記載には信を措くことができる。さらに、前掲甲第六の二の三の領収証の記載は、前掲甲第六号証の二の四の領収証の「第三回内金として」受領する旨の記載に照らすと、その受領回数に矛盾があるからその証明力に若干疑問なしとはいい難いが、被告本人尋問の結果によれば、前掲甲第六号証の二の四の領収証に記載された「第三回内金として」の記載は、三鍋建設の関係者がその受領回数を誤つて記載したものかあるいはその受領回数は契約成立時に支払つた金三〇〇万円を除外した回数であるとみることができるから、右受領回数の記載の矛盾も前掲甲第六号証の二の三の証明力を排斥するものとは判断できない。

してみると、昭和四二年三月末日において被告が三鍋建設に対して負担していた請負代金債務は金五〇万円であつたことになる。

(三)  さらに、被告の時効の抗弁について考えるに、三鍋建設と被告間の前記請負契約において内金六〇〇万円の支払は建物完成・引渡とひきかえに、残代金一六〇万円の支払は右引渡時から一カ月以内にと定められていたことは前記のとおりであるところ、〈証拠〉を総合すると、本件建物は昭和四二年四月一〇日頃にはおそくとも完成し、被告に引渡されていたものと推認され、三鍋建設の被告に対する右請負代金債権はおそくとも昭和四二年五月一〇日以降には全額権利の行使が可能であつたというべきであるから、本訴が提起された昭和四九年二月一九日当時すでに民法一七〇条に定める三年の時効期間が経過していたことになる。

三次に原告の時効中断の再抗弁について判断する。

まず、原告が本訴において請求する三鍋建設の被告に対する前記請負代金債権については、高砂金属において、昭和四二年四月八日三鍋建設を債務者とし、被告を第三債務者として、原告主張の債権仮差押命令を得、同月九日その命令正本が第三債務者である被告に送達されたことは当事者間に争いない。

ところで、時効は、真実の権利関係と矛盾する永続的な事実状態を、その永続性のゆえにこれを尊重しこれを一定の条件のもとに真実の権利関係にまで高めようとする制度であるのに対し、時効の中断は、権利者によつて真実の権利が主張せられまたは義務者によつて真実の権利が承認せられたために、時効の基礎たる永続した事実状態が破壊されたものとし、時効の効力を遮断しようとする制度であるところ、本件において問題になるのは、真実の権利の主張は権利者自身でしなければならないか、換言すれば、高砂金属の被告を第三者債務者とする前記債権仮差押が三鍋建設の被告に対する被差押債権すなわち原告が本訴において請求する金九五万円の請負代金債権の時効を中断することになるかどうかということである。

思うに、債権仮差押は、単に債務者に対し、第三債務者に対する債権の取立その他の処分を禁ずるとともに、第三債務者に対して債務者への支払をなすことを禁ずるものであつて、債権者に対して債務者に代つて第三債務者に債権を行使し、第三債務者から債権を直接取立てることを許すものではなく、また裁判所が債権差押命令を発したとしても、被差押債権の存在を公的に証明したものではないから、債権者のなす債権仮差押をもつて、債務者の第三債務者に対する被差押債権について権利行使があつたと同一の効力を有するものと解することができない(大審院大正一〇年一月二六日判決・民録二七輯一〇八頁参照)。

そして、右の場合、債権者は、民法四二三条の規定により代位権を行使して第三債務者に対し時効中断のため訴を提起し、あるいは債務者もこれとあわせてまたはこれと別個に差押中であつても右債権について第三債務者に対し債権取立の給付訴訟を提起する等の方法によつて、消滅時効の中断を図ることができると解されるから(最高裁昭和四八年三月一三日判決・民集二七巻二号三四四頁、最高裁昭和四八年四月二四日判決・民集二七巻三号五九六頁参照)、右のごとく結論をとつても、これにより、債権者に格別の不利益を生ずるおそれがあるものとはいい難い。

してみると、高砂金属の債務者を三鍋建設とし、第三債務者を被告とする前記仮差押は、高砂金属の三鍋建設に対する不当利得返還および損害賠償債権の時効を中断するものにすぎないものであつて、三鍋建設の被告に対する右請負代金債権の時効を中断するものではないといわざるを得ない。

これと見解を異にする原告の主張は独自の見解であつて、採用することができない。

さらに、原告は、本訴請求の請負代金債権については前訴の確定判決の理由中において存在することが公に確定されているから、前訴判決が確定した昭和四七年九月一四日から一〇年を経過しないかぎり時効が完成しないものと主張するが、民法一七四条二にいわゆる「確定判決ニ依リテ確定シタル権利」とは、判決の既判力によつて公に確定された債権を指称するものであつて、訴訟物たる権利を理由あらしめるために主張された事項についての理由中の判断によつて認められた権利をいうものでないと解するのが相当であるから、原告の右主張もまた理由がない。

四してみると、三鍋建設の報告に対する請負代金債権は、所詮被告の主張のとおり消滅時効が完成し、その効果として原告の主張する本訴請求債権はすでに消滅したものというべきであるから、これを前提とする原告の本訴請求は理由がなく、失当として棄却されるべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。 (塩崎勤)

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